代官山日乗

自覚さえすればどんな生活にだって深い意味が出来る。

役に立たない代官山ガイドブック 朝日屋

代官山で一番良く行く店といえば、そばの朝日屋だ。

そもそもこの辺りには本気の飲食店かコンビニしかない。そしてそのコンビニもつぶれてしまった。暮らすというのは何もない日常を繰り返すことで、毎度毎度洒落た飯を食べるわけにもいかない。その点朝日屋の何気なさがいい。

 

エンジン停止の土曜日の昼下がり、ふらりと訪れて入り口の雑誌ラックから少年マガジンをとり、席に着く。もう覚えてしまったメニューを確認するまでもなく、その日の気分で親子セットかなにかを頼む。そばは熱いの冷たいの?とおばさんに聞かれ、冷たいのと答えながらおもむろにマガジンを開く。はじめの一歩は延々と続いている。

 

つけっぱなしのテレビからはどうでもいいバラエティが流れている。見知ったタレントの中に何人か知らないタレントが混じっている。普段テレビを見ないのでCMがいちいち新鮮だ。店はいつも適度に混んでいて、それぞれ仲間同士で談笑したり、テレビをぼぉーっと眺めたり、スポーツ紙を読んだりしている。週末の代官山のちょっと浮かれた空気からは完全に切り離された空間だ。早すぎず、かと言って遅すぎもしないいい頃合いで飯が出てくる。冷たいものはきりりと冷たく、親子丼からは気持ちのいい湯気が立ち上がり仕事の誠実さを感じる。

 

味は食べログで3点、それってどうなんだろう?だいたい飯屋に点数をつけるのが気に入らない。せっかく自前の舌があるのに他人がつけた点数で非常に主観的である味の世界を判断するのはいただけない話だ。私はこの店が好きだ。だからまた来る、それでいい。

 

勘定を済ませて店を出ると午後の日差しがまぶしい。店の前がぱっと開けた空間になっているからだ。ややオーバー気味に炭水化物を摂取して急上昇したインスリン量のおかげでけだるい気分の良さがある。午後は洗濯でもするか、それともそいつは明日にして長い小説でも読もうか。

 

幸せな週末の午後にはいつも朝日屋があった。代官山から越したらほとんどのことは忘れてしまうだろうが、この店は時折思い出すだろう。