代官山日乗

自覚さえすればどんな生活にだって深い意味が出来る。

奇鈔百圓と二つのコイン

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江戸時代、天明六年(1786年)初出の奇鈔百圓という古銭書。

地唄の作曲家で古銭研究家である河邨羽積(かわむらはづみ)が著した。

 

中身は今でいうコインカタログで多くの古銭の拓本が並んでいる。面白いのは外国コインがいくつか紹介されていることでモゴル國(モンゴル)、カボチャ國(カンボジア)などと並んでドイツやアメリカなど欧米のものも掲載されている。

 

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オランダ東インド会社(Vereenigde Oostindische Compagnie)発行の1 DUITは「銅ノ向獅子(ドウノムカイジシ)」と書かれている。 裏面のゼーランドの紋章から取ったのだろう。当時日本は鎖国していたが、出島での貿易は活発だった。日本はオランダから生糸を中心にした物品を輸入し、金銀銅を輸出していた。オランダ東インド会社は軍事から貨幣発行まで可能な特権を与えられていたのでこの銅で貨幣を鋳造し、それを利用してベンガルなどから生糸を仕入れ、さらに利益を生み出していた。

この銅貨も日本の銅を元に作られていたのだとすると、巡り巡って私の手元に帰ってきたのは何とも面白い。

  

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「ブリダニヤ國銭 銅王面」と記されているのは英国のジョージ2世のペニーのようだ。イギリス東インド会社は1623年のアンボイナ事件以降、東アジアでの活動を縮小しインド経営に集中しており、このコインが日本に入ってきて本書に記された経緯は謎だ。河邨は大阪の人なので商人経由で入手したのだとは想像できるのだが。

 

江戸時代にも外国コインに興味を持つ人がいて本を著し、同じ趣味を持つ平成の自分がそれで18世紀のコインを調べる。そしてそのことをブログでパブリッシュする。物好き同士の時代を越えたコラボレーション。